子供の頃の記憶を辿りながら、千葉県の野生ランを探す

野生蘭探しを始めたきっかけ

今から30数年前、山野草ブームが起こりました                 
山野草といっても種類はいろいろですが、特に野生ランに人気が集中していたように思います。よく、お花屋さんで売られている外国原産の 洋ランとは異なり、小型でまったく派手さがなく、野山にひっそりと自生しているものが多いのです。

この「ひっそり」がたまらないのです(?)が、かつて起こった山野草ブームとは、山から山野草を採取して観賞用として 家で栽培するというものでした。休日ともなれば、多くの人達が山へ入っていったものです。

私の生家は千葉の山の中にあり、近所の山には多くの人々がやってきました。当時は特に看板等での警告でもない限り、 誰でも入山していましたし、筍などと違い、”ちょっとした草”なので、土地の所有者も”ちょっとした草”くらい採取されても 文句を言う人もあまりいなかったのです。

しかし、ブームというのは怖いもので、野生ランブームは次第にヒートアップ。山野草専門の月刊誌や、野生ラン専門書なども次々と刊行され、 人気の野生ランは高値で取引されるようになりました。そうなるとそれらを求めてプロらしきおじさん達が大量の山野草を採取するようになってしまいました。 「お金になる」というのは魔力なのでしょう。山の持ち主でさえも、何かに取り憑かれたように採取し始めてしまうようになっていました。
これは乱獲といってよく、もはや観賞の領域をはるかに超え、プチビジネスへと発展してしまいました。巷にはプレハブで作られた 山野草屋が乱立しました。

その火付け役となっ(てしまっ)た山野草の代表格がアワチドリ(安房千鳥)。このころすでに全国でブームとなっていた”ウチョウラン”の 特定地域種で、千葉県のごく狭い地域でしか確認されていなかったウチョウランの変種です。かなりの高額で取引されていた為、 これを売って新車の一台くらいは買ったなんて人もいる、という噂を聞いたことがあるくらいです。
庭に専用の台を備え付け、鉢植えにして数百本単位で所有していた人もいました。持っている方は、よく盗まれたりしたそうです。
ですから外には出さず、玄関で栽培したり、鍵付きの小屋に入れていた人もいました。そのころ近所のおじいちゃん(すでに鬼籍に入っています) に聞いた話なのですが、昔は田んぼの畦道にも生えていたそうです。ただの雑草という認識しかなかったとも言っていました。

しかし、あまりにも乱獲された結果、川沿いの崖でしか見ることができなくなってしまいました。(元々岩盤に自生しやすいとは思います) これをいかにして採取するか?今考えると驚くべき方法です。
大人達は、まず双眼鏡でアワチドリのあるところを確認して、その上方へ回り込みロープでぶら下がって採取していたのです。 そこに種の保存や乱獲に対する罪悪感といった道徳心など微塵もありませんでした。

私は、当時双眼鏡がなくても視力が2.0で、子供特有の機動力と感性とでも言いましょうか、大人達より多く発見できていました。 そんな子供を大人達が放っておくはずはありません。アワチドリ探しに度々駆り出されました。 大人達が私を連れて行く利点はそれだけではありませんでした。子供のほうが圧倒的に体重が軽いのは当然のことです。今やれと言われれば 気絶してしまうと思いますが、落差50mほどの崖にロープでぶら下げられたことさえあるのです。

アワチドリだけではなく、山の中に自生している他の野生ラン探しにも駆り出されました。ときには公立小学校の校長先生20名ほどを 我が家所有の山へ案内し、ベニシュスランや夏エビネの鑑賞会を開いた事もあります。

こうして山へ入ることが多くなった私は、珍しい山野草、特に野生ラン探しに全力をあげることになりました。私が30年ほど前(小学生)に見つけた 野生ランは、私の住む地域に自生する野生ランとしては、多いほうだったと思います。

多くの野生ランは栽培が困難で、採取してきても枯らしてしまうケースが多かったのだと思います。プレハブの山野草店は、 ひとつ、またひとつと減っていき、次第にブームは下火になっていきました。
ブームが下火になった理由はそれだけではないと思っています。現在、当時私が見つけた野生ランの多くは絶滅危惧種に指定されています。その一方で繁殖技術が格段に向上し、ウチョウランなど、 かつての高級種も種子から簡単に増やすことができるようになりました。価格も当時とは比べ物にならないくらい安価になり、容易に入手できるようにもなりました。 アワチドリも然りです。
いったいあのブームはなんだったんだろうと、最近になって思います。

当時人気だった野生ランは、珍しいうえに栽培が容易にできるものでした。比較的簡単に栽培できるものは、ウチョウラン系、エビネ系、 シュスラン系、シュンラン、セッコクなどで、現在でもたくさんの愛好家がいるようです。 例えばウチョウランだけの愛好家団体、フウランだけの愛好家団体が存在するほど人気の高いランなのです。

こうしたランは、人工交配により品種改良され、愛好家の間で自慢のランを持ち寄り、 品評会を催したりしているようです。このような事から、自然から採取してくる事は、ほとんどなくなったと思われます。 しかし、かつてのブームによる盗掘が原因か、他県ではどうかわかりませんが、フウランなどは私達の住む地域では、ほとんど見ることができなくなってしまいました。

最近は、採取して栽培というスタイルから、見つけて撮影してその山野草が長くそこに定着し続けることを願うというスタイルに移行しているように思います。 自然愛護、在来種の保護といった当時あまり考えられなかったことを、多くの人が考えるようになったためでしょうか?

野生ランの収集や栽培は、年配者の趣味であったといっても過言ではなく、40代でも興味のある人は少なかったと記憶しています。 私も中学に上がる頃にはまったく山へ入らなくなり、30年の月日が経ってしまいました。この趣味を共有する友人がいなかったのです。 もし、中学や高校の友人に「アケボノシュスランがさぁ」などと言っても相手にされないのは明白でした。やはり同じ趣味を共有できる 友人がいなくては、モチベーションも保てません。
私は次第に興味を失い始め、釣りやバンド活動、パチスロへと心が動いていってしまいました。

しかし、「いつしか年齢を重ねたら、また山へ行ってみよう。子供の頃に味わった、希少なランを見つけたときの、あの喜びを分かち合える 友人を見つけよう」と密かに思っていました。一眼のデジカメでも買って撮影しようと。
そして齢四十を過ぎた今年(2013年)、ついに理解者を得ることができました。「mitsu」さんです。彼はもともと山野草に興味があったわけではなく、 知識もゼロに近いのですが、自然が大好きな人であった為、私の子供の頃からの経緯を話すと共感してくれて、今回のこの企画へと至ったのです。